山広 朋実 - tomomi yamahiro

Hiroshima  1990.07.18

 

1990年7月、4人きょうだいの3番目として広島で誕生。姉の影響で4歳からピアノを始める。初めて歌った歌は車でよく流れていたThe Beatlesの「Love Me Do」。中学生で吹奏楽部に入部。同時にピアノをやめる。トランペットを吹きたかったが音が出ず、クラリネットを担当。意図せず部長になる。夏のコンクールをやりきり、燃え尽きた山広は吹奏楽を辞め、高校はアルバイトとライブハウス(ネオポリスホール)を行ったり来たりする生活を送る。当時、学校の近くのJRの改札近くが路上ライブのスポットだった。屋根もあるし響くので、放課後よくそこに行って歌を聴いていた。あきちゃんという女の子がいて、その子のきっかけでギターをもっと練習してみようと思ったのが、音楽活動をする最初のきっかけだったかもしれない。(元々家にギターとピアノがあり、初めてギターを弾いたのは中学生の時)

2010年頃初めてライブハウスに出演。(たしかチャイナタウンの「アコースティックナイト」(略してアコナイ)が初出演。)不定期に出演。高校卒業後、なんとか大学に入学。ハワイアン部というサークルに入る。色んなサークルの先輩と話したけど、ハワイアン部の先輩が私を見て「ゆらゆら帝国とか好き?と聞いてくれたから。(ゆらゆら帝国大好きで、坂本慎太郎風(風にね)になりたくて、当時きつめのパーマかけてたので。)当時ライブ活動は未だ不定期。

大学卒業後は某地元企業に就職。不定期だった音楽活動すらほとんどできなくなり、「あ、ダメダメ、音楽やりたい。」と、2年半で退職。

退職後は徐々にペースを増やし、県外も含め月に3,4本ペースでライブ活動を行う。

2016年、音源「AOZORA」を発表。

2017年、iPhoneでの録音・打ち込みによる自主制作音源「ツキツキミノルその1」を発表。マスタリングはバッチグー・山本。

2018年、アコナイ時代を共にした語家与太郎によるレコーディング音源「ツキツキミノルその2​」を発表。マスタリングはバッチグー・山本。7月には大学時代の同期の網代侑祐と「網代侑祐の朗読と楽しむ山広朋実の世界」を企画。

2019年、7月、音楽喫茶ヲルガン座ゴトウイズミによる「8分間劇場NEO」出演。音楽以外の表現への関心を持つ。8月には「網代侑祐の朗読と楽しむ山広朋実の世界その2」を企画。12月に2枚組音源「涙の海を渡ろう」(レコーディングは語家与太郎、マスタリングはバッチグー・山本)を発表。

2020年、毎月1回のワンマンライブ「山広朋実を聴く会」継続中。

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